年度末の客人
郵便局へ行って来月の支払いを済ませて来た時のこの安堵感。
支払いを済ませた後はじつに気持ちがいい。
なんか自由になった感じ。
この感覚の虜になっているが故にあえて貧乏に暮らしているというような主張も成り立たないことはない。
物は言いよう、とはまことに言い得て妙である。
主観純度100%の駄文でも80記事ほども書いてくると、どこからともなく自信というのも生まれてきて、自分もいっぱしの物書きじゃないかというようなわりと図々しいことを考えだす節があることも自覚していながらそれを隠そうともしないあたりが無駄無し屋たる所以だろう。
う~ん…今日事務所に客人が来ていたのだけど、ウチの駐車場にあまり似つかわしくない雰囲気の車を乗って来ていた。これ↓
この絵面の何が面白いかと言えば、それはもちろんあの車のボディーの光沢と、その後ろのトタン壁とのコントラストだ。
なんかこのミスマッチ感が面白くないですか?
車にとんと興味がない自分はこの車が何なのかわからなかったんだけども、どうやら外国のイタリアのほうの車であるらしいことまでは適当に聞いていても耳に残った。
しかもちょっと良い車であることも、なんとなく理解できた。
いつも軽トラとかお年寄りのファミリーカーのような車しかとまっていないので、少し新鮮な感じだった。
ほかにも一人客人が来た。
その野生児のような彼には全くと言っていいほどに学がない。
それは恐ろしいほどに、寧ろ清々しいまでに言葉を知らない。
今まで41年間生きてきて、ここまでの逸材と出会ったことは…、まあ結構ある。
元々自分も学は全くない環境の中で育って来たので地元の昔からの友人は大体そんな感じだった。
しかし言葉を知らない人間と話すのには少々骨が折れる。
今日のその客人との会話の中で、
「なんの因果か…」
という言葉を使ったところ、その意味が分からないと言う。
そういうところで、それに準ずる言葉を新たに考える必要があるところに骨が折れる。
しかし彼は工場を立派に経営している社長なのである。
言葉を知らなくてもやっていけるということを体現して見せている彼に希望の光を感じる学のない若者もいるはずだ。
是非、今後も繁栄していってもらいたいと心から思っている。
そんな感じで今日の午前中はわりと楽しみながら過ごすことができた。
事務所、という場所、空間があれば色々な使い方ができるので都合がいい。
自分の好きなように作った空間に客人を招き、その空間を味わってもらうことが、自分にできる最善のおもてなし。
あの車でやってきた客人は僕を事務所から連れ出し車に乗せてそのマフラーの音を楽しんでくれと言い、アクセルを吹かしてみせた。約20分間のドライブ。
少し甲高いような暴力的な音が僕を楽しませたことは一筆ここに書いておかなければならない。
それは車好きな彼の最善のおもてなしだったのであろうから。