よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

別に大した意味もない文章でごめんなさい

 

友達になったフィリピーノに珈琲豆を貰った。

 

ミルで挽いて、その新鮮でいてマイルドな味わいのブラックを嗜みながらの執筆となる。

 

凝ったカップに注がれたうまい珈琲を飲みながらblogで不特定多数の見ず知らずな人間相手に好き勝手なことを思うがままに書く。

 

なんと優雅な朝であろう。

自分で言うのもなんだしアレだけども幸せすぎてゴメンナサイ的境地の中でしたためられたこの記事なんかはもはや言霊。

 

意味不なんて言われたところでこちらは全くもって痛くも痒くもくすぐったくもないのでノープロブレム無問題(モーマンタイ)つまり大丈夫ということなのである。

 

心友というか戦友というかまぁ要するに悪友な絵描き通名リンベンこと林 勉さん、おはようございます。

 

あなたの絵が背中の1メートル先からこちらを覗き混むような雰囲気を醸し出しながら黙って華やかに赤い額の中に収まって妖しいオーラを放っています。

 

早朝の事務所でこの記事を書いている。

 

カラスがカァーカァー鳴いてるし野良猫がわりと道路に我が物顔な外とは違い、この事務所内はいたって静かちゃんである。

 

五日は家賃の支払日で、なんともご丁寧に毎回箱ティッシュ一箱を土産に集金に出向いて来られる大家さんはたまに真っ赤なカープのTシャツなんかを着込んでこられるいわゆるミーハーでにわかなキュートと言えば言えないこともないような婆さんだ。

 

朝の静けさの中でふと思い返してみると、最後に欲で転んでから早12年という月日が過ぎていた。早いものである。

自分に残された時間があとどれくらいかと考え始めてから人生は充実しだしたと言ってもいささか盛った感は否めないが嘘ではない。

ここまでやって来るともはや欲で転ぶなんてことは想像がつかない、とか書いちゃうとなんだか自分が高尚な人間であるかのごとくなニュアンスで読み手に伝わってしまうのがせつないが致し方あるまい。

 

事務所の郵便受けにはちょくちょく宗教の勧誘だか洗脳だか次元の低い価値観の押し付けだかわからん謎のチラシが入っていて、今日も事実入っていた。

 

別にいいんだけど大体においてそのチラシは読まれることもなくゴミ箱に直行なんでなんだか不憫に思えて鼻くそでもほじりたくなってくるっていう気持ちに共感できる人が一人でもいるならば救われるよ。

まぁドンマイって感じかな。

 

 

そんな感じで今日も一日が始まろうとしているのでblogでの言葉遊びはここまでにしておいてこれから何をするかを真剣シリアスに考えることにしようと思う。