よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

ブログでスリル

 

たまには記事の書き貯めでもしようかね、と思っても、どういうわけか書けない。

一日に一記事しか書けないようになっているようなんだよね。

まったく不思議なことなんだけど、まあ、それならそれでいいかという感じ。

 

江戸っ子気質の宵越しの金は持たねぇ、と同じで宵越しの記事は書かねぇ、なんて表現しちゃうとなんだか格好いいような気もしてくるな、島っ子だけど。田舎の。

 

その日にしかない閃きをその日のうちに投稿する。

鮮度は抜群。

 

如何に駄文といえどもここまで書いてくるとそれなりのスキルもついてきてるんじゃないかと思ってもそんなに図々しく思われることもあるまい。

一文千金を目指して長い道を歩み始めて三ヶ月が経った。

ブログは続けることが難しいと言われているけれども、今のところはそんなに難しく感じていないというのは幸運だね。

 

書けば書くほど書けるようになる。

しつこいくらいに言うけれど継続は力。

そして継続の秘訣は楽しむこと

苦しみながら意思の力でどうにかしようったってそんなの並みの凡人には無理な話。

だから楽しむこと。

楽しいところを見出だすことね。

 

百記事書いたら五記事くらいは良いのが書けてるはずなんだよね。

かと言ってあとの九十五記事は無駄なのかというと無駄じゃない。

無駄な記事なんてないと思うよ。どんなのでも。

トータルの勝負だからね

プロ野球の選手だって三回に一回ヒットを打てたら一流と言われる。

三割打てれば御の字。

ブログも同じようなもん。

全部が全部良い記事書くなんて不可能だからね。

 

理想としては百記事書いて納得できる記事が三十できれば上等というところかな

 

だからどんどん書かなくちゃ。

そういう具体的な目標を自分に課すというゲームを楽しみながらブログは自然と育っていく

この自然と、というところがミソね。

なんでも自然の流れに身を任せながらこれまでやってきたからね。

ブログに関しても例外なくそのスタイルで成功を収めるつもりでいるよ。

 

その日その日が「今日も書けるか」というスリルなわけで、そのスリルがたまらなく快感であるという点で自分はいわゆる快楽主義者なのかもしれないな。

 

でもいいんだ。なんでも。

明日も書けるという保証はどこにもない中で、なんとかかんとか毎日更新は続いている。

そういうのは自信に繋がってくのよ。

自分はなんとかできるんだ、というね。

その自信も時が経つにつれて成熟してゆき、揺るがないものになればしめたもん。

 

既に始めた当初の「書くネタが浮かばなかったらどうしよう」なんて不安はどっかに失せた。

今じゃどんな些細なことでも記事にしてみせる、という余裕も生まれてるね。

これは続けてきたという事実が生んだ財産だよ。

 

何を書こうとか一切決めずにキーボードを叩き始める。

するとあら不思議。

次から次へと言葉が勝手に浮かんでくる。

出来上がりは自分にさえ予想できない。

作戦なんか全くない。

 

行き当たりばったりの出たとこ勝負

 

そんなスタイルでスリルを味わいながらこのブログを価値のあるものへと誘うつもり。

できるかなぁ~

まぁなんとかなるんだろうなぁ~

ウフフ


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