三つの恐怖
突然だけど、飛行機が嫌いだ。
いや、これでは少し説明が足りないな。
地に足が着いてなく、もし途中で機体の様子がおかしくなってもなす術なく恐怖に戦きながら念仏を唱えるしかほかはないような状況になる可能性がある移動手段としての飛行機が嫌いなのである。
嫌いというか怖いのほうが正しいね。
一度だけ沖縄に行くときに乗ったことがあるけれど、空港で滑走路から離れて飛び立っていくのを窓から眺めていたけど、もう生きた心地がしなかったね、まじで。
羽根とかグラグラ揺れてていきなりちぎれて大変なことになっちまうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。
何時間乗ってたのか知らんけど、あれで三年は寿命が縮まったんじゃないかと今でも恨んでる。
ジェットコースターも駄目。
あれなんかカーブのところでそのまま脱線して落っこちるんじゃないかとの猜疑心しか沸いてこない不愉快極まりない乗り物である。
そんなものに金を払うなんて言語道断!
金を貰ったって御免蒙る危険な遊びである。不良の遊びだ、あんなのは。
ついでにいうとバンジージャンプ。
これは幸いにも経験はないんだけども、そもそもあれは飛び降り自殺の疑似体験じゃないか。
冗談じゃない!
そんな疑似体験の最中にあまりの怖さで心臓発作でも起こしてしまって本当にお陀仏となった日には末代までの笑い者だ。
それにもし繋がれたロープが何かの手違いで地上までの距離よりも長かったらどうするんだ。
あ、ごめん。じゃあ済まされないよ?ほんとに。
このように世の中にはどうも自分の理解の範疇を越えるものが幾らか存在している。
お~怖い怖い。
たとえ幽霊や宇宙人が目の前に現れたとしても、最悪恫喝や暴力をもってすればなんとか自力で危険を回避できるのではないか、という心の余裕が生まれる余地があるけども、飛行機やバンジー、ジェットコースターなどは、もしもの時には自力というもので危険を回避することはまず不可能、神頼みという全くあてにならない他力にすがるしかない、というところが恐怖というこの感覚を誰かわかってくれるだろうか。
飛行機、ジェットコースター、バンジージャンプ。
自分にとってはいずれも恐怖以外のなにものでもない。
海外に行きたい願望もなけりゃ、恐怖をあえて味わいたいというような趣味もない。
この三つにどうしてもチャレンジしなくてはならなくなった時には全身麻酔を希望する。